在米時に編集に関わっていたNJ情報誌「(おしゃべり)たんぽぽ」が、66号を持って休刊となりました。
どうしても最終号は見たかったので、無理を言ってスタッフの方に日本まで送っていただきました。

久しぶりに見るたんぽぽ・・・とても感慨深かったです。

ともかく、ボランティアスタッフによって、ここまでの内容の情報誌を11年も続けてこられたのは、本当に珍しいことではないかと思います。もっと続けてほしかったと思う反面、それによる弊害や苦労は私もよく知っていますから、休刊になることは致し方ないことでしょう。幸い編集長である近藤さんも、たんぽぽをこれっきりにするつもりはなく、「新しいたんぽぽ」を考えているようですから、それを楽しみにしたいと思います。

最終号に近藤さんが書かれた「おわりに」のエッセー、無断ですが(ごめんなさい、こんどーさん!でもまぁ許してもらえるでしょう)転載させていただきます。

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「天の下では、何事にも定まった時期(とき)があり、全ての営みには時がある。
生まれるに時があり、死ぬに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くに時がある。・・・」

これは、旧約聖書の伝道の書に書いてある言葉です。最近はこの「時」に逆らうことはできないと、つくづく思います。特に2月のスタッフ会で「たんぽぽ休刊」を決めたときは、まさに「時」だとしか言いようがなく、スタッフ全員が辛い思いをしました。2月にこれを決めておきながら、休刊をお知らせする本号の発行が遅れたのは、「時」と知りながらも、「何か」を私が模索しあえぎ、逡巡していたからかもしれません。

「たんぽぽ休刊は残念です」と、たくさんの方からお言葉を頂戴いたしまして、たんぽぽが多くの読者に支えられていたことを知り、心から感謝いたします。沢山の方々に助けられてここまでやれたのです。特に私が感謝しているのは、たんぽぽのスタッフたちです。ご高承のとおり、たんぽぽのスタッフは全員がボランティアで「人の役に立ちたい」という情熱で取材と発行までやってきました。1997年の創刊当時からスタッフは駐在員の奥さんを中心に集まったスタッフは、ボランティアとはいえ、全員がプロ意識を持ち責任感が強く、時には、家族に文句を言われながらも、子供や夫が寝静まった夜中に起き出して、たんぽぽの記事を仕上げてくれたり、子供たちを遊ばせながら、その傍らでミーティングをするのが当然のようにやってくれました。そんなスタッフの責任感と誠実さに心から敬意を表します。

また読者の方々の中には、「創刊号から現在まで全てを綴じて、新任で来られた人に引き継いでいます。」という方や、「日本から来る時から帰任された人から手渡され知っていました」という方、「部数が足りないので、友人同士でコピーします。」という方などおられ、「たんぽぽ」を大切にしてくださることを本当に感謝します。

このように多くの方に愛された「たんぽぽ」ですから、できるだけ続けたい。しかしそれには「何ができるか」を考える時間が必要でした。そして、半年の空白の後に、はっきりとわかったのは、「たんぽぽ」はいくつかの役割をしていて、それを分けてそれらをしっかり育てる必要があることでした。その役割は以下の3つに分析されます。

1.日本人のためのコミュニティを作り、コミュニティをサポート
2.情報発信の役割
3.日本人コミュニティの産業の活発化のサポート

たんぽぽがやっていた、お茶会、こどもの日、警察訪問などは上述の1番目のことで、これは雑誌がやるには限界があります。また情報発信と産業サポート(広告掲載)は雑誌としての「たんぽぽ」の役割です。そこで、1番目のコミュニティ作りとしてのサポートを「日本人会」を作って、そちらで大きな輪にしていくことを思いつきました。すると不思議なもので、こちらから言ったわけでもないのに、「日本人会を作りたい」というメールをもらったり、「やるぞ!」という人が現れたりで、ニュージャージー日本人会の発起人達があっという間に揃い、ビジョンも明確になり、この9月からスタートすることになりました。

考えてみれば、移民達はどこの国でもそれぞれのコミュニティを持っているのですが、ニュージャージー州全体の日本人会はこれまでありませんでした。それはおそらく、マンハッタンが近いので、ニューヨーク日系人会や日本クラブに所属されているからでしょう。しかし、マンハッタンは近いようで、そうでもなく、橋もトンネルも案外簡単に越えられないこともあります。また、日系企業が増えて、マンハッタンに行くことなどないという方々もおられます。NJにはNJの日本人会が必要な「時」になったのでしょう。NJ日本人会の活動はこれからですが、私が参加しているNY高齢者問題協議会とも連携して、NJ集の法律に即した高齢者対応ができるとも考えます。偶然にも、私はプリンストンからフォートリーに引っ越してきました。アジアンコミュニティのセンター的場所、フォートリーから日本人会を始められることにワクワクしています。

では、「たんぽぽ」はどうするのか。これはまだ明確な解を得ていません。はっきりしているのは、ボランティアマンパワーに頼りきって発行し続けることはできないということです。資金の目処が成り立つかどうか、これが鍵で、かなり挑戦的な企画だと思いますが、やれるだけ、やってみようと考えています。信念を持って目標を見つめ続ければ必ず成ると、信じています。しかし、おそらく編集長はしませんので、これが最後の「おわりに」になることでしょう。創刊から11年、稚拙なエッセイをお読みいただき、ご声援をありがとうございました。

近藤三奈

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こんどーさん、そしてたんぽぽスタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした!!

たんぽぽHP: www.tampopo.us
(ただし、バックナンバーのアーカイブは、リンク先のアドレスが前のままなので読めません…)