Archive for 2008年10月

Published by Yoshimi on 2008.10.21

たんぽぽ休刊

在米時に編集に関わっていたNJ情報誌「(おしゃべり)たんぽぽ」が、66号を持って休刊となりました。
どうしても最終号は見たかったので、無理を言ってスタッフの方に日本まで送っていただきました。

久しぶりに見るたんぽぽ・・・とても感慨深かったです。

ともかく、ボランティアスタッフによって、ここまでの内容の情報誌を11年も続けてこられたのは、本当に珍しいことではないかと思います。もっと続けてほしかったと思う反面、それによる弊害や苦労は私もよく知っていますから、休刊になることは致し方ないことでしょう。幸い編集長である近藤さんも、たんぽぽをこれっきりにするつもりはなく、「新しいたんぽぽ」を考えているようですから、それを楽しみにしたいと思います。

最終号に近藤さんが書かれた「おわりに」のエッセー、無断ですが(ごめんなさい、こんどーさん!でもまぁ許してもらえるでしょう)転載させていただきます。

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「天の下では、何事にも定まった時期(とき)があり、全ての営みには時がある。
生まれるに時があり、死ぬに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くに時がある。・・・」

これは、旧約聖書の伝道の書に書いてある言葉です。最近はこの「時」に逆らうことはできないと、つくづく思います。特に2月のスタッフ会で「たんぽぽ休刊」を決めたときは、まさに「時」だとしか言いようがなく、スタッフ全員が辛い思いをしました。2月にこれを決めておきながら、休刊をお知らせする本号の発行が遅れたのは、「時」と知りながらも、「何か」を私が模索しあえぎ、逡巡していたからかもしれません。

「たんぽぽ休刊は残念です」と、たくさんの方からお言葉を頂戴いたしまして、たんぽぽが多くの読者に支えられていたことを知り、心から感謝いたします。沢山の方々に助けられてここまでやれたのです。特に私が感謝しているのは、たんぽぽのスタッフたちです。ご高承のとおり、たんぽぽのスタッフは全員がボランティアで「人の役に立ちたい」という情熱で取材と発行までやってきました。1997年の創刊当時からスタッフは駐在員の奥さんを中心に集まったスタッフは、ボランティアとはいえ、全員がプロ意識を持ち責任感が強く、時には、家族に文句を言われながらも、子供や夫が寝静まった夜中に起き出して、たんぽぽの記事を仕上げてくれたり、子供たちを遊ばせながら、その傍らでミーティングをするのが当然のようにやってくれました。そんなスタッフの責任感と誠実さに心から敬意を表します。

また読者の方々の中には、「創刊号から現在まで全てを綴じて、新任で来られた人に引き継いでいます。」という方や、「日本から来る時から帰任された人から手渡され知っていました」という方、「部数が足りないので、友人同士でコピーします。」という方などおられ、「たんぽぽ」を大切にしてくださることを本当に感謝します。

このように多くの方に愛された「たんぽぽ」ですから、できるだけ続けたい。しかしそれには「何ができるか」を考える時間が必要でした。そして、半年の空白の後に、はっきりとわかったのは、「たんぽぽ」はいくつかの役割をしていて、それを分けてそれらをしっかり育てる必要があることでした。その役割は以下の3つに分析されます。

1.日本人のためのコミュニティを作り、コミュニティをサポート
2.情報発信の役割
3.日本人コミュニティの産業の活発化のサポート

たんぽぽがやっていた、お茶会、こどもの日、警察訪問などは上述の1番目のことで、これは雑誌がやるには限界があります。また情報発信と産業サポート(広告掲載)は雑誌としての「たんぽぽ」の役割です。そこで、1番目のコミュニティ作りとしてのサポートを「日本人会」を作って、そちらで大きな輪にしていくことを思いつきました。すると不思議なもので、こちらから言ったわけでもないのに、「日本人会を作りたい」というメールをもらったり、「やるぞ!」という人が現れたりで、ニュージャージー日本人会の発起人達があっという間に揃い、ビジョンも明確になり、この9月からスタートすることになりました。

考えてみれば、移民達はどこの国でもそれぞれのコミュニティを持っているのですが、ニュージャージー州全体の日本人会はこれまでありませんでした。それはおそらく、マンハッタンが近いので、ニューヨーク日系人会や日本クラブに所属されているからでしょう。しかし、マンハッタンは近いようで、そうでもなく、橋もトンネルも案外簡単に越えられないこともあります。また、日系企業が増えて、マンハッタンに行くことなどないという方々もおられます。NJにはNJの日本人会が必要な「時」になったのでしょう。NJ日本人会の活動はこれからですが、私が参加しているNY高齢者問題協議会とも連携して、NJ集の法律に即した高齢者対応ができるとも考えます。偶然にも、私はプリンストンからフォートリーに引っ越してきました。アジアンコミュニティのセンター的場所、フォートリーから日本人会を始められることにワクワクしています。

では、「たんぽぽ」はどうするのか。これはまだ明確な解を得ていません。はっきりしているのは、ボランティアマンパワーに頼りきって発行し続けることはできないということです。資金の目処が成り立つかどうか、これが鍵で、かなり挑戦的な企画だと思いますが、やれるだけ、やってみようと考えています。信念を持って目標を見つめ続ければ必ず成ると、信じています。しかし、おそらく編集長はしませんので、これが最後の「おわりに」になることでしょう。創刊から11年、稚拙なエッセイをお読みいただき、ご声援をありがとうございました。

近藤三奈

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こんどーさん、そしてたんぽぽスタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした!!

たんぽぽHP: www.tampopo.us
(ただし、バックナンバーのアーカイブは、リンク先のアドレスが前のままなので読めません…)

Published by Yoshimi on 2008.10.21

沖縄旅行・その2

「その2」と言っても大体のことはすでに「その1」で書いてしまったのですが・・・

 最終日の朝、見に行ったのは首里城
琉球王国の国王とその家族が居住する「王宮」、かつ王国統治の行政機関「首里王府」の本部だった場所です。
15世紀から16世紀にかけて建物が建立され、1879年(明治12)春、首里城から国王が追放され「沖縄県」となりました。1945年にアメリカ軍の攻撃により全焼したが復元され、2002年には世界遺産に認定されました。

行く前にネットで下調べをしたところ、あまり評判が芳しくない。首里城は無料見学区域と有料見学区域があるが、「お金を払ってみる必要もない」という人が意外と多かったんです。
しかし、特に夫は首里城に行って写真を撮るのをとても楽しみにしていました。

 

 帰りの飛行機が11時30分発だった関係で、首里城には8時の開園時間に一番乗りしました。
(朝が遅い石川家には、あまりありえない行動である・・・苦笑)
首里城では、奉神門という有料区域への入り口で毎朝開館(この日は8時半)5分前に「開門の儀」が行われます。
琉球王朝時代の役人衣装を身につけたスタッフがドラを叩き「ウケージョー」と叫ぶのを見ることができました。

前評判のよくなかった有料区域ですが、私達は入ってみてよかったと思いましたよ。
国王らが儀式や政治を行った正殿が見学できただけでなく、歴代の王の肖像画や宝石のいっぱいついた王冠などの珍しい宝物の展示をみることができたし、また南国の植物の生えた日本風庭園という、一風変わったものも見ることができたし。
朱塗りの建物や石畳も、とても美しかったです。

 

沖縄に行って感じたのは、前回にも書いたかもしれないのですが、子ども連れでもとても楽しめる場所だということ。
シュノーケルやカヤック、野生の森探検、さまざまな子ども向けアクティビティをさせてくれる場所があるんです。
それから、沖縄名産のシーサーつくり体験や、琉球グラスを作らせてくれる工房もあちこちにありました。
私も子ども達に体験させてあげようと思い、シーサー作り体験に挑戦させました。
そこではすでに素焼きしているシーサーを選んで色付けするコースと、粘土で立体シーサーを作ってその場で焼いてもらう素焼きシーサーコースがありました。

子ども達はうまく作れるかと心配していましたが、指導も丁寧だったし(素焼きシーサーなんかは、作り方の詳細なDVDをポータブルプレイヤーで見せてもらってから取り組むようになっている!)、とても楽しそうに作っていました。周りを見ると、大人も結構楽しそうに作っていて、しかもみんなとても魅力的なシーサーを作っていてびっくり。こんなことなら自分たち大人も一緒に挑戦すればよかった!と少し後悔したくらい。
素焼きの場合でも、作って20分で焼きあがるからその場で持ち帰ることが出来るし、値段も手ごろなので、挑戦しやすいのもよかったです。

 

さてお土産に買って帰ったのは・・・
・海ぶどう。常温で持ち帰れる。プチプチした食感に家族みんなはまりました!
・ちんすこう。いろいろな種類のものが売られているが、「新垣ちんすこう本舗」がおいしいのだそう。それを帰ってから知り、あとでネットで購入してしまいました。雪塩ちんすこうも最近人気があるらしい。それから那覇市内のファミリーマートで売られていたPlus!の「まんまるちんすこう(粟国の塩味)」もおいしかった。
沖縄そば。うどんでもなく、ラーメンでもなく・・・でもおいしかった。
ジーマーミとうふ。ピーナッツの絞り汁をサツマイモでんぷんで固めたもの。甘めの醤油タレをかけていただくもの。これ、食感は上質のゴマ豆腐のようにモチモチプルプル、そしてピーナッツの香ばしさと甘さがあって、とてもおいしい!
タコライスのレトルト。沖縄で有名なオキハム製。タコスが好きな人はハマルと思う。
その他、ぬちまーす(沖縄の塩)、黒糖、などなど・・・そして、小さなシーサーでした。
あぁ、ほとんど食べ物ばっかり (^^;)

 

さて沖縄旅行の事前調査で、とってもお世話になったサイトがあったので紹介しておきます。

幹事の壺(沖縄ツアー編)

ツアーの選び方、宿泊地やホテルの選び方、おすすめのレストランなどなど・・・本当に役に立つ情報満載!です。
またここの「1沖縄旅行・沖縄観光のコツ」は、沖縄に行かれるなら必読ですよ。
前回紹介した「ディカパック(デジカメ簡易防水バッグ)」もここで知りました。

あーー、また沖縄行きたい・・・

Published by Yoshimi on 2008.10.01

あれやこれや

沖縄旅行の続きも書かないといけないのですが、なんか頭の中がまとまっていないのと、気がついたらどんどんどんどん日が過ぎてしまうので、ここ最近のあれやこれを先に書きとめておきます。

・赤ちゃん、9ヶ月目にして歩く。歩き始めてもう1,2週間経っているが、現在10歩ほど歩く。体がちいちゃいこともあって、この子はとても運動神経がいい。
まーー、それにしても3人目っていうのはたくましい。私の目を盗んでは、私のかばんの中から財布を取り出して中身をぶちまけ、次にジプロックに入ったおやつをみつけて勝手に食べる。あるいは横ポケットからハイチューを取り出し、紙がついたままくちゃくちゃしゃぶってる。私が取り上げて怒ろうとしたら「すごいでしょ!」といわんばかりに手を上げて誇らしそうな顔をしていたので怒るに怒れなくなった。

・子ども達の運動会を見に行く。玉入れのとき、児童も一緒に数を数えるのだが、誰が示し合わせたわけでもないのに、みんな「3」の数字で「さ~ん!」と世界のナベアツのまねをしていたのにはウケた。

・運動会にはジジババも見に来てくれたので、お弁当もがんばっていっぱい作った。スペアリブ、煮込みミートボール、鳥のから揚げもどき、卵焼き、ポテトサラダ、大根の煮物、ナスのいため煮。たらこ、さけ、梅干のおにぎり。きゅうりの浅漬け。キュウイと梨。前日から仕込んだけど、やはり当日はばたばたで、指は火傷するわ、誤って流しのボウルの水に携帯落とすわ(すぐに拾い上げたので奇跡的に無事)、赤ちゃんはだっこしてくれと泣き叫ぶわ、開会式には間に合わないわ、散々だった。でもまぁ、お弁当はちゃんと作れたからいいか。

・土曜に運動会があって、月曜は子ども達は代休。近くの科学博物館に連れて行ったあと、IKEAへ。会員になっているので、カフェ・レストランではファミリー全員のソフトドリンクが無料。なんて太っ腹IKEA。ここは店のつくりがアメリカとまったく同じで広々としているし、カフェもものすごく広くて開放感があり、とっても好き。久々にここのミートボール食べた。おいしい。普段買い物について来てと言ったら「ええーっ!」と嫌がる子ども達だが、ここは探検気分で回れるし、ところどころに遊ぶエリアもあるので、けっこう喜んでいた。

・「アキレスと亀」を見た。北野武監督の最新作。当然赤ちゃん連れで、途中で赤ちゃんが声を上げそうになったので、そおーっと階段を下りて、入り口付近のスロープで赤ちゃんを遊ばせながらしゃがんで見た。北野ワールドを堪能。書家の柿沼康二氏の題字は、題字というよりアート作品の一部だった。エンドロールまで柿沼康二氏の手書き。なんて贅沢な作品!

・バッグは最近バルーントートタイプが気に入っている。なんてったって、外出するたび持ち運ぶものが多いのだ。たくさん入ってモノが取り出しやすいのはママバッグの基本だが、軽い・肩にかけやすい・持ち手が幅広で肩が凝らない、そんでもっておしゃれ、というのはなかなか・・・。その中で、フララニ(Hula Lani)のトートバッグはとてもよい!ほんとに軽くていっぱい入って肩が凝りにくい。

そしたら妹が、もっと大きなトートバッグLってやつを、買って送ってくれた。これもかなりよい!!かばんの上部が巾着になってとじることができる。1,2泊の旅行もオッケーの大きさ。

あと、ベルメゾンのキルティングバルーンバッグは、合成皮革だけど柔らかくてシワ加工がいい感じ。そして軽くて、大容量、横のポケットも使いやすいので◎。上のHula Laniはカジュアルだから、かっちりしたいときにはこちらが重宝してます。