Published by Yoshimi on 2006.07.01
我が愛しの韓国料理
スンドゥブとの出会い
私は大阪生まれの大阪育ち、食べることがもうめちゃくちゃ好き。どこの何がおいしい、という情報は全て頭に入っていて、それを手に入れるための努力は惜しまない。好きな食べ物はいろいろあるが、その一つに韓国料理がある。私の住んでいた場所は東大阪というところで、大阪のコリアンタウンとして有名な鶴橋からそう遠くない場所だった。だから韓国料理も小さいときから馴染みがあった。生まれた家の近くにはとってもおいしい焼肉屋さんがあって、あの歯ごたえのある冷麺も、日本人にはとっつきにくい生レバも、小さいときから慣れ親しんでいた。鶴橋は家から電車で10分のところにあり、そこにもよく行った。有名な焼肉屋さんで焼肉を食べたり、鶴橋の高架下にある市場でチヂミ(韓国風お好み焼き)とチャンジャ(たらの内臓の辛み和え)を買って帰ったりしていた。韓国料理の本も何冊か持っていて、自分で作ってもいた。だから私にとって韓国料理は、日本にいるときからある程度知っている、と思っていた。
2000年秋に夫のアメリカ転勤となり、私達母子は半年遅れてアメリカに移ることになった。夫は単身滞在の間に、ニュージャージーで韓国料理のスンドゥブというものにすっかりはまっていた。あまりにもおいしくて、週に2度も3度も行ってしまうと言う。夫に電話をするたびに「おいしいねん~」と聞かされつづけた私は、いったいどんなものなのか興味シンシンだった。というのも、韓国料理に親しんでいたはずの私が、スンドゥブというものを知らなかったからだ。2000年当時、日本にはスンドゥブという韓国料理は、ほとんどといっていいほど浸透していなかった。
スンドゥブはもとは、にがりを加える前の、固まる寸前のおぼろ豆腐(純豆腐、もしくは水豆腐)のことを指している。この豆腐と肉、魚介類などを使った辛い鍋が韓国で流行し、それ以来スンドゥブといえばこのスンドゥブチゲのことを指すようになったらしい。韓国ではとてもポピュラーで、ちょっとした食堂や専門店などで気軽に食べられる。いつ食べるのかは特に決まっていなくて、朝から食べる人もいるそうだ。ロサンゼルスでは1996年くらいから一人用の石鍋で供されるスンドゥブ専門店が続々オープンし、韓国人や日本人の間でちょっとしたブームとなった。そのブームがニュージャージーやニューヨークなどの韓国人が多くすむ場所にもやってきて、いくつかスンドゥブ専門店ができた。その一つが、夫のはまったSo Kong Dong(ソコンドン・Fort Lee, NJ。下記注)だ。
2001年春に渡米した私は、その1週間後、ようやくおいしいと聞かされ続けたスンドゥブ専門店に行くことができた。店に入った途端、なんとも心地のよくなる、いいにおいがあたりに漂っていた。メニューを見ると、数種類のスンドゥブと、バーベキューのみ、というシンプルなメニュー。辛さも、全く辛くないものからとっても辛いものまで5段階で選べる。私は子どもと一緒に食べるからとシーフード・ビーフ味のノー・スパイシー(唐辛子を全く加えないもの)を、主人は辛いのが好きなのでシーフード・ビーフ味のベリー・スパイシーを頼んだ。ほどなくキムチやもやしのナムルなどの入った小皿4つと、水キムチ(漬け汁ごと食べるキムチ。大根や白菜が入っている)が並べられた。それらをつまんでいるうちに石鍋に入ってぐつぐつ煮えたスープと、石鍋で炊かれたご飯が目の前にやってきた。絹ごしよりもさらに柔らかそうな豆腐を使ったスープで、牛肉や魚介類もスープの中に見える。生卵を一つスープに割り落として、かき混ぜた。そして一口食べてみた。
・・・なんとも懐かしいような、ほっとする味がした。
初めて食べるものなのに、なんでこんなに懐かしく感じるのだろう?一緒についてくるごはんも、日本のごはんに近い味と香りがして、とてもおいしかった。石釜で炊いているので、鍋肌にできたおこげの香ばしい香りが、ますます食欲をそそる。子ども達には、スープをごはんをかけておじやにして食べさせたところ、とても喜んでたくさん食べた。私も食べているうちに、アメリカに来てからサンドイッチだの濃い味の中華料理だのに食傷気味になっていた胃袋が、すっと癒されていくようだった。そして身体の中に、しみじみと滋養がいきわたっていくような、そんな感覚を覚えた。
おこげがこびりついた石釜に、お店の人がコーン茶を注いでくれた。そのおこげお茶漬けは、口直しで最後にいただいた。アメリカに来て初めて、身体が喜んだ食事だった。
そして私も気がつけば、主人と一緒にスンドゥブにはまっていた。スンドゥブを食べてから2週間も経つと、なんだか口寂しく、身体がむずむずとしてくるのだ。そして週末になった途端、どちらからともなく「スンドゥブいこか?」と言うようになった。そのスンドゥブ専門店は家から車で、高速を使って1時間以上もかかるのだが、そんな距離など問題ではなかった。まさに、身体が、身体の奥から欲している食べ物だった。それに安い。夜でも1人たった8ドル程度でおなか一杯になる。安くてしかも満足度が高い、これだけコストパフォーマンスの高い食事など、アメリカ中を探したってそうそうない。日本料理を食べたときと比較しても、全く引けを取らない、いや、それを上回る満足度である。
私達は、知り合いにスンドゥブを教えて回った。どんなにおいしいか、語って聞かせた。その人たちが「食べに行ったらおいしかった!」と言ってくれると、自分のことではないのに自分が褒められたような気になった。それくらい、私達夫婦はスンドゥブに入れ込んだ。またうちに遊びに来る知人友人、特に私達に会う前に数日アメリカを旅行してきた人は、必ずといっていいほどスンドゥブ屋さんに連れて行った。なぜかというと、彼らを連れて行くとものすごく喜ぶことを自身の経験上知っているからある。身体の底から「身体に染み渡るだしの味」とか「胸のすくようなご飯の味、におい」とかいうものを求めていて、それらを一気に満たされる喜び、しかもそれが日本料理ではなく韓国料理という思いがけない形で満たされたという驚き、これらはなかなか忘れられない経験になるようだ。実際に連れて行った人何人もが、「あのスンドゥブが忘れられない」という感想を返してくれている。
なぜここまで心奪われるのか?
スンドゥブはなぜこれだけ私達の魂を揺さぶるほどの感動を与えてくれるのだろう。その理由の一つに、その味の奥深さと日本人への親しみやすさがある。スンドゥブは豆腐のほかに、煮干、あさり、牛や豚の肉、大根などで味を出す。それらは日本人にもなじみのあるものばかりだ。それらが渾然一体となり、えもいわれぬうまみを醸し出す。その味わいは、豪華版味噌汁の、味噌なしスープといえば想像がつきやすいだろう。しかし魚介、肉、野菜、そして豆腐のうまみがたっぷり詰まった味わいは、日本料理に今まであったようで、実はなかったように思う。懐かしいのに初めての味わい、という感覚は、ここから来ているのだろう。
スンドゥブ好きとしては邪道と思われるかもしれないが、私は子どもと一緒に食べるため、いつもノースパイシーで注文する。つまり唐辛子の辛味と風味が加わる前の、材料の風味だけのスープをいただいていることになる。私は、このノースパイシーのスンドゥブに、心底惚れ込んでいる。そしてはまって何度も食べるうちに気がついたのだが、ノースパイシーのスンドゥブがおいしいところは、夫の食べる辛いスンドゥブもおいしい。その逆も然り。うまいスープが入っていないと、いくら辛くしてもおいしくないのだ。それは至極当たり前のことなのだが、これがスンドゥブのおいしさを決める重要なポイントだと言っても過言ではない。だから辛くして食べてみたらどれも同じように思えるスンドゥブも、ノースパイシーで食べてみるとかなり明確に味の良し悪しがわかる。唐辛子の風味の加わったスンドゥブも確かにおいしくて捨てがたいのだけど、機会があればおいしい店のノースパイシー版(韓国語ではヒンスンドゥブ(白いスンドゥブ)と言うらしい)をぜひ試してみてほしい。シンプルだけど複雑な味わい、身体の底からじわじわと湧きあがる喜びを、感じ取ってもらえるはずだ。
アメリカでは本当に満足できる日本料理になかなか出会えない、という背景も、スンドゥブに心奪われる理由の一つとして挙げられるかもしれない。アメリカにはアメリカナイズされた日本料理屋が非常に多く存在するが、それらに行くと非常にがっかりさせられることが多いということが住むにつれてだんだんわかってきた。もちろん日本人の多く住むニュージャージーの北部やマンハッタンに行けば、おいしい日本料理レストランに出会う機会はたくさんある。私達はそれらの近くに住んでいるから、アメリカの他の土地に住んでいる日本人に比べれば、恵まれていると思う。しかし本当においしいところは当然値段も高いからそう何度も足を運べない。またそういうところは小さい子ども連れでは行けないところも多い。そもそも小さい子連れだと、車でどこでも行けて比較的安全なニュージャージーから、人が多くて地下鉄などで動くマンハッタンに行くのは大変な「おでかけ」になり、何度も気軽に足を運べるものではないのだ。そしてせっかくがんばって行ってみても、本場日本での味や値段を知っているだけに、アメリカで食べてみてがっかりすることもしばしば経験する。
だから私達は、比較的楽に日本料理が楽しめる場所に住んでいながら、日本料理の外食からは自然に足が遠のいていった。そして、おいしくて安くて、子どもも気軽に連れて行けるスンドゥブ屋さんで十分満足した。スンドゥブ屋さんがあれば、日本料理が多少外で食べられなくても大丈夫だと思った。よく通っていたスンドゥブ専門店はニュージャージー北部の日本人が多く住む場所にあって、そのすぐ近くに日本料理レストランもいくつかあったが、私達は日本料理レストランではなくスンドゥブ屋さんにひたすら通った。私達家族はスンドゥブに出会って、「スンドゥブさえあれば、アメリカに住んでいても(食べ物のことでがっかりせずに)生きていける」とさえ思った。そういう意味で、スンドゥブはまさに、私たちのアメリカ生活を救ってくれた「救世食」だった。
日本にもスンドゥブの波
日本にいたときには全く知らなかったスンドゥブ。しだいに私の中に「スンドゥブってなに?」という質問が沸いてきて、インターネットであちこち情報を探してみたが、たんぽぽに「我が愛しの韓国料理」という文章を書いた2003年時点でも、これだ!というものがなかなか見つからなかった。また、こんな単純な料理だから家でもできないかと、アメリカでも韓国料理の本を購入して試行錯誤してみたが、いい線まではいくものの、なかなか専門店の味は出せなかった。あるスンドゥブ専門店のマネージャーに作り方について聞いてみたことがあるが、店ごとに調理法が異なり、店外不出とのこと。そこで私達は家で作ることをあきらめ、ますますスンドゥブ屋さんに通った。
私達夫婦は、いつかはわからないけれど、駐在期間が終わって日本に帰ったら、きっとスンドゥブの味が懐かしくなるに違いない、と思った。ないなら自分達で店を作ろうか、などと冗談半分で言い合っていた。そして2004年の年末、日本への一時帰国を控えていた頃、たまたま夫の日本出張のお土産に買ってきてもらった「関西ウォーカー」を眺めていたら、「日本初のスンドゥブ専門店」という記事を発見したのである。しかもそれは、帰省先である関西にあるという。なにがなんでも食べに行かないといけない!そして私は帰省中に日本初のスンドゥブ専門店「まん馬」に取材に行き、「たんぽぽ」に番外編として記事を書いた。これでもう、いつ日本に帰っても大丈夫、と思った。
2006年冬、川崎に住む私のいとこがうちに遊びに来た。彼女達は、私がおいしいおいしいと言い続けているスンドゥブがどのくらいおいしいのかとても興味があると言うので、早速連れて行った。彼女達の反応はこちらの想像以上だった。「あの味が忘れられない、日本でもなんとか食べてみたい」と、日本に帰った彼女達からメールをもらった。そこで関東にもスンドゥブが食べられるところがないかと改めてインターネットで検索してみると・・・なんといくつもひっかかるではないか!関西だけではなく、東京や、名古屋にも専門店ができていた。スンドゥブチゲのレシピも、いくつも見つかった。こちらの想像以上に日本にスンドゥブが浸透していた。この勢いは収まるどころか、加速している気配がした。これならきっと、2006年中に日本にスンドゥブの全国ブームがやってくるのでは、と私は感じた。私達をアメリカの生活から救ってくれた「スンドゥブ」が日本で認知され、日本でもおいしいスンドゥブが簡単に味わえる世界がやってくること、それは私達夫婦がずっと夢見ていたことだった。それがいよいよ現実になるとは!
以前、私は夫と共に「スンドゥブ普及推進会会長」と、冗談半分で名乗っていた。実は今でもそう思っている。スンドゥブという料理がもっと世に広まっていき、多くの人がスンドゥブを食べて喜びを味わうことができたら、おいしいスンドゥブがもっと気軽に食べられるようになったら、と、心から願っている。日本でも定着する土壌ができつつあるのを確認した私は、スンドゥブを応援するサイトを作ることにした。これからアメリカで、そして日本で、スンドゥブの波が高まっていくことを、そしてそれができれば一過性のブームではなく、韓国料理への敬意を払いつつ日本人の中に定着していくことを祈りつつ、私はスンドゥブと、スンドゥブに関わる人たちを、インターネット上で応援していきたいと思う。
注:
ここは確かに有名店ですが、いろんな理由で現在我が家はNJ北部に行ってもここには行きません。我が家のの「行きつけ」はJong Ka Jib(Philadelphia,PA)と、So Kong Dong(Palisades Park)です。ご参考まで。
(おしゃべりたんぽぽ36号(2003年3,4月号)初出、2006年5月加筆)

